2023年8月15日火曜日

父の命日で思うこと

台風7号のためお天気が不安定ですね🌀☔😖




明日は父の命日、父が逝ってもう3年
まだつい昨日のことのように思える






先日、ある人達から『認知症など最期は、絶対に施設や病院にいれるべき

患者にとっても家族にとってもそれがいいはずだから

在宅はお金がかからないからいいけれど』という意見を伺った



決して間違いではない。私も病院で働いていたころは同じ意見だったし、そうしようと思っていたから

家族の負担や介護疲れ、家族機能のバランスを考えるとその通りだと思う




でも訪問看護を経験して、在宅で大変だけど納得のいく最期を過ごす家族と患者さんを間近で関わる経験をさせていただいて、
意見が変わった

人それぞれ、ケースバイケースだ、と



お金がかからない=在宅
というが、在宅でも色々な物品購入や在宅医療費や福祉サービスで入院費とそう変わらないくらいお金はかかったし、当然かかるだろうと思っていた




病院や施設に入れるほうが、家族の負担が遥かに楽なのは想像もついたが、




父が入院を嫌がったこと、コロナ禍で一度入院させたら、面会できないままお別れになってしまう、そんなご時世だったので、母の意見を聞き、姉たちと相談し最期まで在宅での看取りを選んだ



何より今思えば、不器用で無骨な父がたくさんの愛を持って私たちを育ててくれたことが、一番の理由だったと思う




在宅介護、看取りはそれはそれでとても大変だったが、姉たちと当時を回想するといつも『私たちにとってはベストな選択だったよね』という結論にいたる



そしていいか悪いかは、当事者の家族と患者が決めたらいいことだ、と私は思う




12年前の年末、まだ息子が1才だったころ、父が2度目の脳卒中で倒れ、救急搬送され、ICUに緊急入院した



姉たちは遠方で、母は高齢で足が悪く、私が付き添いをするしかなかった



さすがに1才の息子を連れて病院に毎日付き添いは難しく、夫も仕事で協力も難しく、



町の保育園に何件も電話して一時あづかりしてくれるところを必死に探した

しかし年末ということもありどこも断られ、最後の一件もダメで途方に暮れたあげく、祈る思いで

『なんとかどこかありませんか、ご存知ないですか?』

と最期の園に尋ねたところ、『よかったら電話して直接きいてみて』と1件の電話番号を教えてくださった



電話かけると、個人の小さな幼児園だったが、事情を話すと、年末にもかかわらず、快く息子をあづかってくれることになった
とても有り難く、感謝したことを覚えている
 


父は命をとりとめ、退院まで数ヶ月かかったが障害が残ったまま両親の希望で自宅へ戻った
私の育児と介護サポートの両立のスタートだった




それでも自分の人生も家族のせいにして決して諦めたくなかったので、




息子が3才になるまでには、学んだことを生かそうと、思いきって新しい分野に挑戦するべく、パートで仕事も再開した




その間も、父の徘徊で、警察から夜中に電話がかかってきて、東灘まで父を迎えに行ったり、
色んなことがあった




お世辞にも、完璧な素晴らしい家事、育児、介護、仕事、嫁業には程遠いけれど、後悔はない



たくさんの方々のお力を借り、助けていただきながら進んできたと思う
自分では精一杯迷惑かけないようにしてきたつもりだけれど




父のことを思い出していると、なんだか長々回想録を書いてしまった




さぁ、☔で今日は時間があるので、普段できないことしよう!

皆さんも安全にお過ごしくださいね🍀😊









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