2023年5月16日火曜日

ホメオパシーへの思い

当セラピストの浜脇さんが、ホメオパシーへの思いを綴ってくださっていますので、
以下、ご紹介いたします。
(浜脇さんfbより)





🌿Martreya🌿 にて 🌼みちのね さつきさん🌼 が 「はじめてのクラシカルホメオパシー講座」 を開催してくださるのを機会に、わたしとクラシカルホメオパシーとの関わりについて話してみようと思います。

クラシカルホメオパシーに出会ってかれこれ10年余り・・

生後すぐからひどいアトピーで引っ掻き傷だらけだった娘は、小、中学生時代にはアレルギー性鼻炎で鼻が詰まり、何を話しかけてもボンヤリ。
現実的には普通に暮らしていても、意識はどこか時間も空間もない異世界をさまようような子どもでした。

それが、2年間でたった5回のセッションを受け、数粒のレメディーを服用することで、あんなに大変な思いをしたアトピーも鼻炎もほぼ完治し、急に明瞭な言葉を話すようになりました。
まさに奇跡。。

ココロとカラダがつながった瞬間でした。
その後の彼女は自由に行きたい場所へ行き、のびのびと生きるようになりました。
ホメオパシーが人のココロとカラダ、そしてタマシイまでも健康にした姿を見せてくれたのです。

更年期から精神を病んでいた姑も、ホメオパシーを処方されて徐々に妄想的な発言が減っていきました。

亡くなるまでの数年間は、老健に入所していましたが、わたしが訪問するといつも元気よく返事を返してくれました。
ホメオパシーのレメディーはココロの中心に作用し、彼女自身の生命力を力強く生きる方向に後押ししてくれたようです。

人は生きてきた年数ぶん、ホメオパシーを使っても完全な治癒は難しくなりますが、それでも内側のココロの灯を消し去ることなく、本来の彼女らしさを取り戻していきました。
他の認知症のご高齢者は、話しかけられても返事をすることも、目を合わすこともありませんでしたが、姑は最期まで愛想よく、お好きなジョークを交えて返事をしてくれるのでちょっとした人気者でした。

75歳で膵臓癌が発覚した母は、余命半年と宣言され、抗がん剤治療は受けず自宅で最期を迎えました。
余命申告を受けてから、インドの癌専門の有名ホメオパスにオンライン診察を依頼し、わたしは指示された処方を投与していました。緩和ケアの目的のためです。
運良くホメオパシーで癌が消失し、命が助かる人の症例が幾つもあるということで、かすかな望みを託していました。

自宅での療養は、訪問看護を受けながら、80歳のわたしの父親がひとりで介護していました。母は亡くなる1ヶ月くらい前まではほとんど痛みもなかったので、父親を煩わすこともほとんどなく、普段通りの生活を送ることができました。

遠距離に住んでいたわたしは、母がホメオパシーのオンライン診察を受けても、指示されたレメディーをすぐに準備も投与もできず、タイムラグが発生。
BESTなタイミングでレメディーの投与ができないことで、残念ながら徐々に病は進行していきました。

往診をお願いしていた医師の処方薬はほとんど対症療法とわかっていたわたしは、服薬は処方の半分くらいにして、母にレメディーを中心に服用させていました。
また、週に数日しか行けずでしたが、たまった腹水のカラダのだるさをとるようお腹をマッサージしたりして、精神的にもなんとか母を支えていました。

亡くなる3日前、ひどくなった腹水のせいで「もう歩くことができない」と話してから意識がもうろうとなり、長く寝込むこともなく息をひきとりました。

最期の最期まで、わたしはレメディーを彼女の口元へ与え、家族に見護られながら旅立っていきました。
穏やかな別れのときでした。

通常の医療的処置を指示どおり受けていたら、どんな経過をたどったのかは今となってはわかりません。

癌と申告されてから、ほとんど薬を使用することなく、たいした痛みもなく生活でき、亡くなるほんの数日前まで自分で歩行できたのはホメオパシーのレメディーのおかげだとわたしは信じています。

そんなふうに、わたしたち家族には、今やホメオパシーの処方はなくてはならないものになっています。

もちろん、わたしもホメオパシーの恩恵をずいぶん受けましたし、夫や子どもたちにまつわるホメオパシーの逸話はここには書ききれないほどあります。

そんなわたしの愛してやまないクラシカルホメオパシー。
ホメオパシーと関わった人の数だけ、恩恵に満ちた体験談があるのだと思います😊

🌼みちのね さつきさん🌼が、5月27日 🌿Martreyaマイトレーヤ🌿 で、どんなご紹介をしてくださるのか、わたしはとても心待ちにしています。



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