2021年4月14日水曜日

誕生日でした!

おはようございます🍀

再びコロナ感染が増えてきましたね。
何も気にせずに生活できていた頃にもどるには、
あとどれくらいかかるのでしょうか。
慎ましく生活しようと思う、今日このごろです。


そんな中、昨日は私の誕生日でした😊 



朝からいつもどおり職場のクリックにいき、初めてのクライアントさんのカウンセリング。

泣きながら話されていた大学院生の女性、でも最期には笑顔に。
私もとても嬉しい気持ちになりました。


帰るとき上司から、
『お誕生日おめでとう!🎉✨』と言っていただき、
私の誕生日を覚えていてくれていたことに驚き感謝感激でした😂


もう誕生日を喜ぶ年齢でもないのですが😅…💦

最近耳が遠くなってきて、物忘れも多くなってきた母に電話して、

『今日私、誕生日やねん、お母さん産んでくれてありがとう😌』とお礼を伝えました。


やっと心の底からそう思えるようになったのは、そう遠い昔の話ではありません。


恥ずかしながら数年前まで、
『自分の誕生日を母に感謝する』
という概念はありませんでした。


私の子供時代は、
もちろん楽しい思い出もたくさんありましたが、
辛く苦い経験が多く、


『もっと周りの友達のように、普通の母親の元に産まれてきたかった…』


そんな口にだせない思いを抱えながら生きてきました。

私の1才の誕生日は、母の父の命日だったらしく、
『あなたはの誕生日にお父さんは亡くなったから、あなたは親不孝な子供なのよ』
と、
誕生日の度に母から言われたこと思い出しました。

もちろん今なら、なぜかそう思ったのかわかりますが、
子供の私にとっては全く理解できない❔話で、
ただ『自分は産まれてはいけなかったんだな。』
という悲しみだけを誕生日には感じていました。


小さい頃、ペットの茶トラ猫のミーくんを、抱きしめて一人で孤独と戦っていた時期もありました。


でも周りの人や友達にはとても恵まれて、助けられてきたように思います。


尊敬する姉たちもいました。
すぐ上の姉は、子供のころは激しいけんか相手でした😅

寡黙な父はどうにも困ったときに相談すると、うるさいことを何も言わず、しっかりと支えてくれてました。


母のことをかなり悲観的にとらえて大人になりましたが、

結婚後の今も主人の家族と同居に関わる気苦労が絶えないことや、
子育てや仕事などを通してさまざまな経験をさせてもらったこともあり 、
私の狭かった視野が少しは広がったのでしょうか、


今まで当たり前だと思って気づいていなかった、母の欠点に隠れてくすんでいた、母のたくさんの素晴らしさや偉大さがやっと理解できるようになりました✨
 

それでも、私はまだまだ気づいてないこと、分かってないことだらけなのでしょうけれど。
死ぬまで生涯学習なのでしょう😊


母が時々子供の私に言っていた、
『社会の役に立つ人間になりなさい。』
という言葉のおかげなのか、

寄り道、くるくる回り道、くねくね遠回りもあり、ときに険しい山道や、道なき道も、なんとかかんとか息も絶え絶えのときも、腐ることなく前を向いて生きてこれたように思います。


有難いことに、春から兵庫県教育委員会の辞令をいただき、新たな場所でカウンセリングをさせていただける機会をいただけることになったことも、ついでに電話で母に報告しました。

今度こそ、母は喜んでくれるかな?とわずかな期待もこめて。
いつもあるはずのない今度こそ(笑)


母は私に『社会の役に立つ人間になれ』
と言っていたはずなのに、


私が家事や子育て以外の仕事をしていることに、なぜか良い反応を示さない人で、

やはり母の口から期待した言葉は返ってこず、意味不命な内容の返事しか聞けませんでしたが、

それもまた母らしく、

『やっぱりな~💦そうだろうな~💦』
と苦笑いしながら、電話を切りました。

昔の私はそんな母の反応に不満や深い悲しみを感じていたのですが、


なぜか心の底から沸いてくる暖かい自分の感情を感じながら、ニヤニヤ一人で笑っている私がいました。


 夜には主人が買ってきてくれたとケーキを囲んで、主人、息子、義母、主人の弟、みんながハッピーバースデーを歌ってくれました。


『誕生日』というお題で、久しぶりに思い付くまま、長々だらだら書いてしまいました。


お読みいただきありがとうございました😉



(先日、急に海が見たくなり、脚を運んだ明石の海。水があまりに澄んでいてびっくりしました!)

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